切符

後から思うと - 旅の余韻 -

首都をめぐる

28.12.2006~5.1.2007
  • ドイツ

    ドイツ (ベルリン、ドレスデン)

  • チェコ

    チェコ (プラハ)

  • ポーランド

    ポーランド (クラクフ、オシフィエンチム)

  • スロヴァキア

    スロヴァキア (ブラチスラヴァ)

  • ハンガリー

    ハンガリー (ブダペスト)

地図

--1--

シュヴェヒャート国際空港今Wienの空港でBerlin行の飛行機を待っている。冬の日差しは短くまだ4時を過ぎたばかりなのに日が落ちきろうとしている。

日本を発って半日経ったというのに、今もまだ仕事の感触が抜けない。まだ頭の中でリスク分析しちゃってる。終電間際の電車で帰宅し、とりあえずリュックに服を詰め込み素っ飛んで来たためか、だいたい今回の旅の動機というか志が温い。白地図の上を色鉛筆でこれまでに訪れた国を塗りつぶしていたら、バルカン半島がまだ白かったので塗り絵のために東欧の首都をぽんぽん巡ろうかと。

まずは音楽をやっている友達の住むベルリンへ。飛行機から覗く外の暗闇に、ベルリン郊外を走る車のランプの列が何本か細く伸びている。テーゲル空港には友達が迎えに来てくれて、ガラス壁越しに見えた友達はピョンピョン跳ねてくるくる回っている。相変わらずの様子を見たらようやくヨーロッパに来たのだ、これから暫く東京の日々を忘れた自分の旅に没頭してよいのだという気分になれて顔がほころんだ。

いつもだと空港から市内まで出るのに意外とエネルギーを使うのに、今回は友達が一緒だったからあっさりと友達の家に到着。まずはここに2泊する。部屋は天井が高い。

途中に寄ったスーパーで買ってきたソーセージを茹でてビールを飲みながら昔一緒に山田ビルで働いていた頃の話をする。彼はベルリンに来て1年ちょっと、すっかり貯金を使い果たしていて一日の食費は1Euroまでにしていると、なんともあやうい生活をしている。暖房も控えめだからジャンパーを着たままだ。一方の僕も来月には会社を辞める。今担当している仕事を早く片付けて、たくさん有休取って、次の旅に出たいなと焦っているのだが、実際は辞めると決めた日から次の会社に移るまでの間が一番幸せな時なのかもしれない。

--2--

翌日はベルリン観光の日。昔家族でドイツのライン川沿いを旅した時はまだそこは西ドイツだったので統一された"ドイツ"が妙に気になり、ついここは東側?とか聞いてしまう。ブランデンブルク門

蚤の市に行って、それから近くで チョコクロワッサンとコーヒーの朝食を取って、そこで友達と別れた。彼はこれから夜の音楽ライブの準備をするという。僕はブランデンブルグ門へ行くために友達とは逆方向のSバーンに乗ってFriedrichstraße駅に向かう。ホロコースト記念碑フリードリッヒ駅は重厚な面持ちでとても良い。駅から通りを南に歩き、交差点を右に曲がると真っ直ぐ伸びる道の先に門が見える。だんだん門が近づいてきてっって、せっかく来たのにうーん、年越し用のステージがなんとも門とミスマッチ。。門の隣には黒い石柱が等間隔に幾本も立ち並んでいて、その中に入ると柱の影にみんな見えなくなって、長~い瞬間、ひとりになってしまったような心細い感じになる。体が小さくなってパソコンのキーボードの中に埋もれてしまったような。

壁の左側・右側僕が初めて西ドイツを訪れたのは1989年の夏休みで、その3ヶ月後にベルリンの壁は壁でなくなって、それから18年経った。かつて壁があったところに引かれているラインを跨ぐと、なんだか"18年前のテレビのニュースをじっと見ていた自分"に戻れるような気がしてしまう。

さて友達のライブが始まる夜まで、まだ時間がたっぷりある。ガイドブックをちらちら見ながら、ベルリン大聖堂へ行ってドームの上から川を眺めて、そいで近くの博物館にやって来た。市内観光の事前調べをしてこなかったものだから、古代遺跡が出てきて少々驚く。

博物館を見ても、まだ時間が残っている。当てもなく電車に乗って右に左に移動してみる。ちょうど夕方なので結構人が乗っていて、みんなの様子をきょろきょろ窺う。風変わりなことしてる人いないかな。しばらくぼーと車内を眺めてみる。・・・、それにも飽きてきたので電車を降りて、こんどは朝通ったフリードリッヒ通りを再び歩く。途中で見つけた本屋のソファーで本をペラペラ捲っていたら、時差ぼけの眠気がやってきてうとうと寝てしまう。それにしてもヨーロッパの本屋はいつ来ても、本のいい匂いがしてたまらない。

つづいてこんどは場所を変えてZoologischer Garten駅に行ってみる。店店が立ち並ぶライトアップされた通りを進むと教会が見えてくる。はてこの教会は地震で壊れてしまったのかななどと見当違いのことを考えたりする。。

日も沈んだので多少早いがライブ会場へ地下鉄で向かうことにした。今日はずっと歩き続けで、まだぼけぼけ気味も抜けなくて、電車に乗るとまた眠くなる。僕の向かうPrinzenstraße駅へはWarschauer Straße駅で乗り換えてぐるっと遠回り気味に行こうと思っている。それにしてもバァルシャウアーになかなか着かない。駅の名前を見るとさっきから同じような駅名が続く。時計を見ると乗ってから2,30分ばかし過ぎている。何てことはない。この路線は工事中でツォー駅と隣の駅の間を延々折返し運転をしているようで、それにまったく気づかず左に右に揺られていたようだ。乗ってすぐ半分熟睡だったうつろうつろの中、みんなよく乗りよく降りる路線だなと・・・。

L'urbangi Gallery長い道のりになってしまった。とにかくライブハウスに到着した。もうすぐ開始というのに席には僕しかいなくて、それでも黄色いダウンを着た友達はあたふた準備をしている。開始間際に何人か入ってきたので会場のおじさん入れて総勢10名弱。観客の名前のアルファベットを音階にして、その出だしから曲を作って弾いたり、床にビー玉を転がしてメロディーにしたりとひとつひとつ仕掛けを進めていく。

さて演奏会が終わってもう23時過ぎ、暗い夜道を二人でキーボードを抱えて帰る。雨が降ってきた。地下鉄で途中まで行ってバスに乗り換える。ベルリンは夜遅く夜中でもバスが走っている。バスを待っている間、近くに喫茶店が開いていたので寒さ避けに店に入ってコーヒーを一杯飲む。コーヒー一杯といっても1Euroの壁があるので二人で一杯を分けるのです。

部屋に戻ると友達のかみさんも来てくれたので3人で夜遅くまでビールを飲む。

--3--

さて今日から旅が始まるというか、ベルリンが終わるというか。友達にはもう1泊くらいしていけばいいのにって言われ、その通りなので気が引けないでもないが、どんどん移動して旅費の元を取らねばって、いったい何に追われているのか。視線が浅いから同じ町に何日もいると飽きてしまうのかもしれない。

Dresden行きの列車が出ているHauptbahnhofまでバスで送ってもらう。新しく出来たばかりの中央駅を友達は味気ないと言う。僕もそう思う。ガラス張りのちゃっちー建物なんて東京にもあるじゃんかと通りすがりの旅人は勝手に心躍らないのだが、ベルリンのところどころに、昔に抗するかのようなガラス張りが一所懸命に建っている。列車が動き出すとふいに小田和正『たしかなこと』の歌詞「♪もう二度とこゝへは戻れない ~」が口から出てくる。きっと出発前夜の支度中に毎年暮れに放送される小田和正の歌番組『クリスマスの約束』を見ていたからだ。

ミュンツガッセ通り昼過ぎドレスデンに到着。予約していた駅裏の「Hotel Kipping」にリュックを置き、町の中心へ歩いてゆく。ドレスデンは曇り時々雨。エルベ川には大きな虹が出る。大晦日の今日、宮殿などは午前中で締まっていて中を見ることが出来ない。ゆっくり歩きながら外側から街の様子を見る。町のところどころに積み上げられた石ころの山があって、一所懸命その石のパズルを組み合せて建物の復元をしている。Münzgasseのクリスマス市で売られていたホットドックがおいしい。市電が走っているのもいい。

エルベ川の流れに沿って明日はPrahaです。

--4--

ドレスデン中央駅2年連続海外でFrohes neues Jahr! プラハへ行く列車は9:05発。乗る前に駅窓口で"European East Pass"にvalidateのはんこを貰わなくてはならない。早めに駅に行きたいのに朝食は8:30から。新年なので朝食もいろいろ凝っているのにゆっくりできない。残念!慌てて食べて駅へ。窓口はやっぱり切符を買う人の列が。あと5分ちょっとしかない、早く進めー。はんこをもらうといよいよっと漸くかかったか? はんこをもらった時の記憶は意外と鮮明に覚えている。99年の旅ではサンタルチア駅入ってすぐ左側の小さな窓口で押してもらった。去年はアムスの外国人専用窓口で。旅のいよいよ感とvalidateスタンプ。切符は細々区間毎に買った方が安上がりかも。でもパスだと切符を買う手間が省ける。

ホームへ駆け上がり飛び乗ったBudapest行きの列車はそれほど混んでいない。緩やかに蛇行を繰り返すエルベ川にぴったり張り付いて進んでゆく。空はどんよりと曇り、東側諸国へ向かう自分の心持に冬の薄暗さがぴったりとくる。国境付近になると列車内でドイツの出国のスタンプをもらい、続いてチェコの入国スタンプをもらう。入国スタンプの色は不思議な緑色をしていて新鮮である。列車内のイミグレーションは89年の旅以来で当時ちょっと緊張気味にパスポートを渡していた自分を思い出す。2004年にEUに加盟したチェコ。まだシェンゲン協定(2007年12月)は施行されていなかったのでスタンプが貰えた。スタンプをもらって浮かれていたが、まあのちのちスタンプには苦労する。。

チェコに入りさらに川を下ると途中でヴルタヴァ川になってプラハに着く、と思っていたのだが、後から調べると列車は川の流れに沿っているのではなく、逆に上流へ上っている。ともあれヨーロッパの川は平らに見える。

ホレショヴィッチェドレスデンから到着する列車はプラハの外れHolesovice(ホレショヴィッチェ)駅に着く。チェコの首都なので、大勢乗り降りするのかと思っていたのに、ホームに降り立った人はそんなに多くない。町の中のPraha hlavní nádraží駅(プラハ本駅)へはバスか地下鉄で向かうとガイドブックには書かれている。さっき降り立った乗客はあっという間にまばらになってしまい、地下鉄やバスの乗り場を見失う。地下道を上がったりまた戻ったりとうろうろしていたら「アコモデーション」と連呼するおばさんとなんどもすれ違う。安旅行者を家に泊めようとしている人だと思う。すれ違う度に期待を持たせてしまっているのかもしれない。地下鉄の駅は地下道から一度地上に出て、切符を買ってもう一度地下に入っていくのだと分かった。地下道があったからなんとなくそのまま駅の入口に続いているのだろうという勝手な先入観。駅は人気が無いし、アコモデーションおばさんは薄気味悪いしで、なかなか尋ねることも出来ず時間がかかってしまった。さらにATMでチェココルナ(Kc)を下ろしたばっかでお札はあるのに小銭が無い。地下鉄の券売機そばの窓口にも人がいないから、マクドに入って喉乾いてないのにコーラを買う。エスカレーターを下ってホームに降りると同時に電車が入ってきた。市内に向かうのか電車の行き先を見てもパッと分からず、とりあえず乗り過ごして次の電車を待つことにする。初めての東欧、今日は正月だしホテル取れるか不安になってくる。

地下鉄で三つ目のプラハ本駅で降りる。ガイドブックを頼りにホテル探しをしようかインフォで聞こうか、はて。駅を見渡すと宿を紹介してくれる店が目についた。手数料取られるかなんて気にしていられない、寝床確保が最優先。ボローニャやゲントのようになってしまうと大変だし。希望の値段を伝えると、ガラス窓越しの店員のお姉さんは、僕のガイドブックの地図を見ながらこの辺よと蛍光ペンで丸をつけてくれる。カレル橋など観光の中心からはやや離れるが今いるプラハ本駅からは歩いていけるのでそこに決めた。カードを出して支払いを済ませたら、お姉さんはまた、得意げに?嬉しそうに?蛍光ペンで地図に歩いて行く道筋をなぞってくれる。そんなやり取りが、新しい街に来たというくすぐったい微妙な緊張感を解きほぐしてくれる。後から気づいた!カードの決済がショッピングでなくてキャッシングに。海外キャッシング利用有りになってしまった。後になってガイドブックの地図を見るとプラハの端っこに書かれたピンクの太い蛍光線が懐かしい。

駅を出て左へ歩いて行くと国立博物館の前に出る。博物館から川の方へに太く緩やかに下る道がある。ここがヴァーツラフ広場である。ここで1989年ビロード革命の時、Marta Kubisova(マルタ・クビショヴァ)さんがModlitba pro Martu(マルタの祈り)を歌ったのだ。後から思うと1989年を旅していて感慨深いのだが、この時はリュックが重いせいか早くホテルに着きたい気持ちで、さっさか通りすぎてしまった。なんか勿体無い。。

聖ルドミラ教会と路面電車さて、次の交差点を左に曲がり坂道を上がると広場に出る、広場の真ん中にはゴシック建築の教会がぽつんと建っている。聖ルドミラ教会観光地ではないようで人気はまばらで一人占めって感じ。ネオゴシック建築のさっぱりした感じと教会をぐるっと回り込むように通り過ぎる赤いチンチン電車の組み合わせが素敵で気に入ってしまった。このミール広場と聖ルドミラ教会には一年後に、のだめ達がくるらしい。

ヴルタヴァ川とプラハ城「Hotel Sofia」にチェックインを済ませたので、明日の夜行列車までプラハ観光だ。まずはさっきの教会前から路面電車に乗ってヴルタヴァ川に向かう。川沿いを歩くと対岸の丘の上にプラハ城が見えてくる。聖ルドミラ教会でプラハに満足しつつも、やっぱり写真に見た風景に自分が入り込んでいると思うと心が浮く。「♪なつかしき河よモルダウの~」なんて曲を思い出す。川と城をバックに「自分で写真」した後、カレル橋を渡り、坂道を上っていく。途中露天で売っていたソーセージを昼食にする。プラハ城に入り、進んでいくと大広間にたどり着く。板張りと丸い天井がよい。窓越しにヴルタヴァ川と旧市街が見える。城を出て裏の小さな家が立ち並ぶ小径を抜けて下まで降りて来たら、突然の雨と強い風で傘もさせなくなり慌ててドヴォルザーク・ホールの軒下で雨宿りをする。

旅に出たいと思う時、地図のこの点(町)からこの点まで結びたい(移動したい)という欲求が先にあって、その町の歴史、観光スポット、名物料理などの下調べが後回しになり、すっかり空っぽだったりする。だから東京に戻ってからあそこが歴史のターニングポイントになった場所だったのかと後から知ることになり、旅した別々の場所の歴史を繋ぎあわせたりしながら、机の上で2度目の旅をすることになる。今日もカフカの家をさらっと通り過ぎてしまっていた。

カレル橋とサックスこの旅の天候はやや不安定で雨が多い。それでも例年より暖かいらしく雪は積もっていないみたいだ。旧市街の広場には、まだ小さな赤い屋根のマーケット小屋が並んでいる。クリスマスには間に合わなかったのに、šťastný nový rokということもあって、雰囲気が残っていて心地良い。グリューワインの店を見つけたので1杯。ようやく日本が抜け落ちて旅人になれた気がする。旧市街の色々な教会では新年のコンサートをやっていて、たまたま通りかかったKOSTEL SV. JILJÍ -KAPLEのオルガンコンサートを聴くことにした。soprano,violin,organの3人構成で、Alleluja,Adagio,Ave MariaやA.DvořákのHumoresqueなどを聴くことができた。Ave MariaなんかF.Schubert,Camille Saint-Saëns,Ch.Gounod,W.A.Mozartと4回も歌うから、教会を出てきてもう一度広場に戻っても頭に残ってふわふわとしてしまう。旧市街広場と花火もう辺りはすっかり日が沈み暗くなっていて、マーケットでまたグリューワインとソーセージを買って広場周辺をぷらぷらしていたら、突然暗い空に花火がパッと打ち上げられ、みんなが足を止めて見上げる。ついつい自分も興奮してしまう。ソ連軍が来たりいろんな時を通りすぎて今があるのだろうな。それはそれとして、花火に映し出されるみんなの表情が華やいで穏やかに見えた。

--5--

聖ルドミラ教会と路面電車プラハ2日目。今日は多少ゆっくり朝食をとる。ハムにチーズにクロワッサン、最後にコーンフレーク。今日は20:55発の夜行に乗る。リュックが邪魔だからプラハ本駅のロッカーに預けに行く。ホテルを出るとクラクションの音が騒々しい。ホテルの前の一方通行の道には両脇に車が駐車している。その中の1台の止め方が悪くて、ゴミ収集車が通り抜け出来なくなって、さらに後ろからどんどん車が来てバックも出来ず立ち往生していた。jugoslávská通り教会前から詰まっている道に入ってこようとしている車に、リュックを背負った旅人の自分がジェスチャーで×を作って入らないように案内してみた。最初はきょとんとしていたが、なんか様子が分かったみたいで太い通りの方に戻っていった。

素敵な教会に別れを告げる。たまたまホテルが町の中心から離れていたので、通勤する人も歩いている。まだ見てない駅の裏側にもプラハの違った雰囲気があるかもしれないなと回り道をすることにした。駅の裏側は高台になっていて複数に分岐した駅の線路を見下ろすことができる。駅の向こうに教会の屋根が見える。冬の朝は少し静かで気持ちが良い。

カレル橋の塔からプラハ城を望む昨日見なかったプラハを巡る。ヴァーツラフ広場を歩き、途中で見つけた本屋に入り、カレル橋の塔に登り、入り口で省略したプラハ城横の大聖堂に入り、城の奥の丘から川の写真を撮り、昼飯はまたワインとソーセージを歩きながら食べて、ドヴォルザーク博物館に行き、スメタナ博物館では明日から開きますと言われ、当てもなく路面電車に揺られる。カレル橋の塔から聖サルバトール教会を望む向かいには買い物袋を抱えた夫婦が座っていたり、路面電車に乗っていると名所付近とは違う普通の生活が垣間見れている気がする。たまたま乗っていた路面電車の終点にショッピングセンターがあったので入ってみる。Bataという靴屋に値段の手頃な革靴が売っていて買おうか迷う。日本では簡単に手に入らなそう。結局、今買うと荷物かなというのとチェコの知らない靴屋だしとかぐずぐず思って買うのやめてしまった。後から思うと買っておけばよかったな~、Bataってチェコで創業して色々な国に店舗がある靴屋なんだ。

イー・ペー・パヴロヴァ付近また路面電車に乗り川を渡った旧市街側で降りる。日の暮れたヴァーツラフ広場を上がり、朝見つけておいたチェコ料理の店に入る。夜行列車までの3時間をうまく潰さなくてはならない。海外にいるのに時間つぶしだなんて贅沢だな、久しぶりの夜行列車待ち。一人でレストランに入るのは意外と面倒だし、一人だとすぐ食べ終わってしまう。駅で待つと寒そうなので、チェコビールをゆっくり飲みながら、チェコ定番料理のヴェプショ・クネドロ・ゼロを食べる。時間を掛けてと思っていたのに、クネドリーキが沢山で早々にお腹がいっぱいになってしまう。

プラハ本駅から夜行列車もう食べられないし夜行列車前に酔っ払いはまずいので、ちょっと早めに駅に行くことにする。赤い路面電車にもあの教会にもお別れです。ロッカーからリュックを出して、まだ時間があったから絵葉書を書いたりしてようやくKrakow Gl Osobowy行の夜行列車に乗車。車掌さんが毛布を持ってきてくれる。扉付きの4ベット部屋で、列車が動き出しても自分一人だったので、車掌に案内されたベットとは逆側の進行方向に向いたベットにリュックを置いて、座って外の暗闇を見ながら寝る準備を始めていたら次の駅で新しい乗客が乗ってきて空いている側のベットに荷物を置いた。場所が逆になってしまった、まあいいか。相部屋になった若者は韓国人の学生でコペンハーゲンから南下してブダペストまで行ってまた戻ってきたらしい。お互い中途半端な英語で、これからの行程などの話をする。工学系の学科で勉強しているらしく僕が理学系の専攻だったと知るとあなたもエンジニアなのかって嬉しそうである。プラハはどうだったかって聞くからきれいで路面電車もかわいらしく素敵な町だったと言うと、ブダペストはもっと良かったという。。20歳前半の怖い物なしのような若いエネルギーが羨ましかった。

列車はチェコからポーランドに入る。パスポートはどこでチェックするんだろと思いながらも既に熟睡していたら、扉をゴンゴンノックする音がする。パスポート、パスポートと言っている。扉を開け検査がすんだのでまた眠りにつく。しばらくするとまたノックが。今度はポーランドの検査だ。すっかり1回で済んだ気になって、しっかり寝入っていたが検査官は扉を2度ノックする。

--6--

5:47夜明け前のクラクフ駅に降りたつ。めちゃくちゃ寒くて息が白い。ポーランドのお金を作らなきゃとATMを探して駅の周りをうろつく。地下道を通って駅の反対側に出てみても見当たらない。暗い駅を大きなリュックを背負って建物の影を覗いたりしているものだからそのうち変な人にまとわりつかれそう。1時間後には列車で小さな駅へ移動するからそれまでに荷物をロッカーに預けなくてはならない。ポーランドズウォティ(Pln)がないと始まらない。また地下道を通って反対側に向かうと地下道の途中で、列車で一緒だった韓国人の若者とすれ違う。よい旅をって別れたばっかなのに。で結局駅横のバスターミナルの待合室にATMを発見し無事ポーランド紙幣をGet。寒い中うろついていたからATMが済んだら急に小便に行きたくなって便所に飛び込んだらおばちゃんに止められお金払えって、、コインないんだよー漏れそうなんだよーって、お札見せたら律儀に大量のコインをお釣りとしてくれた。じゃーイイよって只で通してくれればおばちゃんのお釣り用コイン減らなかったのにごめんね売店とかも近くになかったし。おかげでロッカー用の小銭ができました。

オシフィエンチム駅到着今日はまずここから電車で1時間位のところにあるアウシュヴィッツ収容所へ行き、昼頃に戻ってきてクラクフの町を見て、夕方隣町に移動しそこから夜行列車で寝る。

7:15発の電車でOswiecim駅に向かう。クラクフ駅を出発するのがなんだか20分遅れ、まあいいや。ここはドイツじゃないから多少遅れたりするんだろ。オシフィエンチム駅から30分くらい小雨降る住宅街を歩くと細い川に突き当たる。うーんどうも通り過ぎたみたいなので少し戻って駐車場のゲートのおじさんにアウシュヴィッツって何処ですかって聞いたら中の建物を指さすので入れてもらう。アウシュヴィッツ収容所中には見学している人がいないしどんよりとした天気だから余計に展示物の1つ1つが突き刺さってくる。何箇所か施設を見ていると人とすれ違うようになる。どうも入場時間前に裏から入ってしまっていたみたいだ。道理でBの文字が逆さになったゲートが見当たらないと思ったのだ。入場料ってかかるのかな。

オシフィエンチム駅完全に逆コースでゲートを通過して外に出る。また歩いて駅に向かう。昨日まで華やかなプラハにいて、今日は素朴な住宅街にいる。こっちも落ち着いて良い。ようやく旅に馴染んできたなと思えてきたのに、もう中盤になってしまった。駅構内の小さな売店で淹れてもらったネスカフェを帰りの電車の中で飲みながらふと1日1日大切に旅しようと思った。

夜行列車疲れでうとうと眠っているうちにクラクフに戻って来た。またも電車はやや遅れている。朝暗かった駅もすっかり見通しの良い駅になっていて別の駅に来たような錯覚がする。ATMも駅構内に見つかるし。駅前旧市街側の十字路に出て通り過ぎる青い路面電車の番号を見る。ヴァヴェル城の方に行く路面電車はと。ガイドブックに載っていた路面電車マップと走っている路面電車の番号が一致しないので見つからない。東西南北違うのかなとくるくる回ってみても地図とうまく合わない。クラクフ駅前で路面電車を探すめんどくさくなって大体の方向があっている路面電車に飛び乗ってみた。まあ大丈夫だろう、そのうちお城に近づくだろうと思っているうちにあっという間に川を越えてどんどん観光地から遠ざかってしまう。慌てて降りて反対側に来た路面電車に乗り換える。再び川を越えてくれたのでそこで降りて城まで歩いていくことに。途中道端で売っていたパンを買って歩きながらの昼食にする。パンの表面に砂糖がまぶしてあって甘そうに見えたパンは、予想に反して表面の白いつぶは塩でしょっぱいさっぱりしたパンでした。

ヴァヴェル城の大聖堂坂道を上がってヴァヴェル城の広場に出る。王宮や大聖堂などが立ち並び何処に入ろうか特に決めていなかったのでなんとなく近くのチケット売り場らしき建物に入ると、おばちゃんに今ちょうどcloseしちゃったところよ。でもまだ間に合うからチケット持ってすぐ行きなさい連絡しておくからって言われ、勢いに押されて閉まりかけた大聖堂に入れてもらう。アウシュヴィッツを見て今日は満足していてそれ以降無計画にふらーとした気分で見ても見なくてもって感じだったのに、大聖堂の鐘楼に登ってみたら、大きな鐘があり眺めもよくて目が覚める。さっき通ってきたヴィスワ川が城の周りを蛇行して流れ、旧市街が下に広がる。何と言っても観光客が少なくて独り占めしているようで気持ちいい。当初予定になかったポーランドに無理やり夜行連発でやってきて良かった。王宮の内側の広場に立つとタイムスリップした感じがする。1泊出来ないのが残念。「こんな町に住みたい」のリスボンにつぐ第2位かも。町の人との間合いが落ち着く。まあ旅しているのと違って住んだらちょっと寂しいのかもしれないが。

大聖堂からクラクフ旧市街を望む夕方になって曇り空が晴れてきたので夕日がきれい。居心地がよくて気が抜けてきた。旧市街をぷらぷらしているとあっという間に日が沈む。夜行列車は隣町Katowice駅22:28発だから19:45の列車でカトヴィツェに行くことにした。それまでの時間を駅近くのショッピングモールで潰し、それでもやることがなくなったので、リュックを朝置いたバスターミナルのロッカーから出してクラクフに別れを告げ列車に乗る。乗客は車両の半分弱といったところか、そこそこ人が乗ってる。カトヴィツェには20:49に着くはずで、そこで1時間半くらいワルシャワから来る列車を待つ予定。車窓の景色もすっかり真っ暗で線路から離れた車道をたまに通る車、遠くに家の明かりが点々としているだけとなった。ちょこっとうとうとしかけて慌てて腰を起こす。もうそろそろ到着時刻だからと降りる支度をする。降りる間際の癖なのかみんなより一足先に出口の扉付近に立って外を見ていると暗い屋根のない駅についた。なんだかクラクフと比べてずいぶん寂しい駅なんだな。あれ誰も降りないみたい。おかしいな。1車両先の扉から車掌が発車の笛を吹く。無意識のうちにその女性車掌を目がけて走りだしていた。車掌を見上げてカトビチェ?と叫んだら、Noという返事。でも列車はゆっくり動き出している。慌ててステップを駆け上がろうとして車掌に腕を引っ張られる。リュックは10kgを超えていたのに車掌にしがみつくように引き上げられる。体格のよい車掌で良かった。先頭の機関士も気づいたみたいで急停車するから列車はがっしゃんと音を立て大きく揺れる。Thank youなのかsorryなのか声にならない声を出してその後は席にも戻らずデッキでぼーと暗い外を見るでもなく見ていた。簡単にいえば列車がだいぶ遅れていてアナウンスをろくに聞かずに降りてしまったのがまずかった。どちらかというと乗り過ごしたら寝るとこなくなるぞという思いが強かったせいか、列車からふいに落っこちてしまった…。誰もいないような駅で来るかも分からない次の列車を待つ自分を想像すると今でも寒気がする。後からThomas Cookで調べたらクラクフとカトビチェの間には駅名が載っていないからすごく小さな駅だったのだろう。ここかな

カトビチェ駅カトビチェは着いてしまうと、そこは東欧っぽい薄暗い駅ではあるがクラクフより大きい駅で、なんであんな小さな駅で降りてしまったのかとはずかしくなる。気を取り直してカフェに入りコーヒーを頼み席に座るとすぐに、閉店なんだぁ…と出されてしまう。ポーランドの通貨を使いきってしまおうと売店でこの店にある色々な種類のチョコレートをこのお金分くださいって手持ちのPlnを全部渡したら、ビックリマンチョコみたいなウエハースチョコを10個も渡される。色々って意味がうまく通じず全部同じ種類だ。店員さんにこにこしてるからいいや。歯車がずれてちぐはぐになっている。

ワルシャワからの列車もまた30分遅れてカトビチェにやって来た。今日は同室の人がいないみたいだ。車掌さんも愛想が良い。昨日と同じく国境で2回起こされスロヴァキア入国。後から思うと不安のない心地良い夜行列車の旅だったのかもしれない。

--7--

Bratislava hlavná駅5:53着。昨日は次の列車に乗り継いだから困らなかったが、今日は日の出までどうしよう。運良く荷物預り所がやっていたからリュックを置いて、今日はすぐ見つかったATMでスロヴァキアコルナ(Skk)を下ろして、路面電車の始発が来るのを30分ばかし待って、町に入ってドナウ川そばのマクドナルドで日が昇るのを待つことにした。。夜行列車で寝れたといっても朝も早いし眠い。店には客が自分しかいないな、気にせずとりあえず座り寝。

マンホールマン外が明るくなってきたので、歩いてまずは城に行くことにした。11:45発でブダペストに行くから意外と時間がない。人もまばらな町を写真をちょこちょこ取りながら城を目指す。今日はうろうろしている時間がないから、今通っている道をまた通ることがないかもしれない。ミハエル門マンホールから顔を出しているおじさんがいた。後から知ったのだがこの町にはマンホールおじさんのようなユーモアのあるオブジェがたくさんあるらしい。ゆっくり探せたらもっと楽しかったかもな。

教会の前を通り過ぎ大きな通りを越えて、それからテンポよく城に上り高台から町を見下ろす。一言でいうと寒い。ドナウ川が見える。城はまだ開いていないので城の周りをぐるっと歩いていたら犬を散歩しているご老人がいたからなんとなくついていく。そのまま道路にでて道なりに下ってきたら元の商店の並ぶ町に戻ってきた。郵便局を見つけたから絵葉書を出す。1カ国1枚は出すってのが昔から続いている気がする。

ブラチスラヴァ城と路面電車旧市街からデパートのある一角に出てきた。プラハで買いそびれた革靴のお店Bataがこの国にもないかなと淡い期待で探してみる。靴屋探してたら、たまたま革の財布が安く(350Skkくらい)売っていたから購入。ケアンズで買ったカンガルー皮の財布が古くなってきたから交換しよう。財布を買うために追加でSkkをATMで下ろしたので余分に手数料がかかる。ATMからデパートにもう一度戻ってなんてしていたから列車の時間が迫ってくる。急いで駅まで戻らなくては。でも最寄りの停留所を通る路面電車は駅には行かない。走って別の道に出ても駅行きの路面電車が見つからない。とりあえず乗って交差しているところで乗り換えればいいやと来た路面電車に乗る。ほんとに時間がない。途中で見覚えのある町の風景が見えたから飛び降り、そこで駅行の路面電車を待つ。こういう時に限ってなかなか路面電車が来ない。焦る。なんでデパートでのんびりしていたのだろう。間に合わないじゃん。

ブラチスラヴァ中央駅結局なんとか駅に出発10分前に戻ってこれたので慌ててリュックを引き取り駅の掲示板でブダペスト行きのホームが何番線か調べる。ホームの番号が出ていなくて電車遅れのサインが出ている。なんとなんとよく遅れるな。時間ができたので余ったお金で昼飯用のサンドウィッチを買って、お土産を売っている売店を覗いた。かわいいサッカー少年の置物を見つけてしまった。買いたい。カード使えるかって聞いたら駄目だと。またATMでSkkを下ろす。とほほスロヴァキアはうまく予算が計算できなかった。もう一つ問題があった。荷物預り所が12時~13時closeと昼休みを取ると小さく書かれていたのだ。12時間際で危ないところだった。

この旅最後の列車になる。Budapest Keleti pályaudvar駅着が14:17と+30くらいだろう。新しめの車両のコンパートメント。ご老人の夫婦が先に乗っていて、若い女性が後から入ってきた。名残り惜しい鉄道移動。車窓の景色は畑というか草原というかあまり変化がない。途中で夫婦が降りていった。さてブダペストでホテルさえ早々に見つかればだ。

ブダペスト東駅ドーム屋根のホームに列車が入る。最終目的地のブダペストに降り立つ。出口に向かってホームを歩いていると途中にIマークが目につく。ホテル専用のインフォみたいで手頃なホテルがあるか聞いてみると、特に値段帯を告げていないのに自分の背負っているリュックを見て判断したのか、ユースホステルで安いシングルがあるという。今更ユースって感じもきれいだというのでそこに決める。紹介の手続きをしてくれた黒人のお兄さんが送迎付きなので今から送るから付いてこいって、歩きながらどっから来たのかなど旅の話をしながら駅をぐると回って脇の駐車場に出る。ちょっと気を許したこの人が送ってくれるのだとばかり思っていたら運転手はまた別の人で、地下鉄で自分で行ったほうが気が楽だったかもって今更ながら思ったり、ちゃんと連れてってくれるのかななんて少しどきどきする。到着した「Hotel Rila Budapest」には確かにユースマークも付いていて若い旅行者が多い感じかな。部屋はちゃんと風呂付きシングルで街の中心から地下鉄で3駅だし悪くない。ここに2泊する。2日ぶりのベットでしかも連泊なので多少落ち着ける。デポジットでパスポートを預かると言われたのが初めてでちょっとえって思ってしまったが。

荷物を置いてブダペストの中心を見に出かける。最寄りの地下鉄のNagyvárad tér駅まで5分ちょっと。まずは階段を地下に降りたところにあったATMでフォリント(Ft)を引き出す。ゼロが多い。1Ft=0.5円だから半分にすれば日本円になる。計算が楽だと油断してお金を下ろしたら、0を一桁間違えて1万円分くらい下ろそうとしたのに10万円も下ろしてしまった。大失敗。朝からATMとは上手くいかない。

M3に乗って、ホテルで教えてもらった中心Deák Ferenc térで降りる。Ftをいっぱい持っていてもしょうがないのでホテル代などを残して7万円分をEuroにしてもらう。為替手数料が~、まあ2月の旅でEuroは使えるさ。ヴァーツィ通りが町の中心と言われたのだが、冬の夕暮れ時人はまばらで思いの外さみしい。観光客が多ければうんざりするくせにさみしがる。周辺をぐるりとして聖イシュトバーン大聖堂に出る。暗くなってきたので、今日のところは早足でと国会議事堂まで行き、ドナウ川に出る。黄色い路面電車が走っている。鎖橋と向こう岸の王宮がライトアップされている。旅の最終地に着いてしまったのだなとほっとしたようなしょんぼりしたような気分で川に沿って歩いて行く。煌々と照らされ黄金色に輝く鎖橋を往復して、アンドラーシ通りをオペラ座の辺りまで歩いてM3の駅Deák Ferenc térまで戻ってきて今日のところはおしまい。ホテルに泊まれるってなんて楽なんだろってベットに横たわりビールを飲みながらハンガリーのTV番組を見ているうちに寝てしまった。

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ハンガリーはどちらかというと黒っぽい髪や目をした人が多い感じがする。何度か対応してもらったホテルのフロントにいる女性がそうだったのだけかな。食堂で朝食を食べている人達の多くが若者でドミトリー付きの部屋もあってユースはユース。でも自分の部屋は清潔なシングルルームなので特に気にならない。昨日はちょこっとペスト側を歩いたので、今日は川の向こうブダ側に行く。その前にきのう登れなかった聖イシュトバーン大聖堂の塔に今日こそと挑むも登れず。

ブダペストのモスクワ広場川を越えるのに16番のバスに乗ろうかなと迷うも、なんとなく鎖橋を歩いて渡って、近くを走っていた路面電車に乗ったら王宮とは逆方向に進んでしまい、予想外の景色を楽しみながら5停留所くらい先まで行って反対向きの路面電車に乗り換えまた川沿いに戻ってきて、F.vam ter付近で降りて王宮は崖の上側にあり若干自分の位置がわからずあてずっぽうにちょろちょろ歩いたらモスクワ広場に出た。ここはブダ側の交通の拠点になっていて、オペラ座周辺なんかのブランド店街とは違って地元の人だらけという感じが漂っていて、クラクフあたりに舞い戻ったような気分になる。

漁夫の砦から国会議事堂を望むここからは王宮周回バスが出ているのでそれに乗って、マーチャーシュ教会にようやく辿り着く。漁夫の砦へ続く城壁沿いからドナウ川を望む。昨日歩いた国会議事堂が見える。王宮には美術館があって、ハンガリーの画家の絵が中世から現代まで飾られていて印象派だけ見るのとは違って、自分の知らないハンガリーの息づかいが聞こえてくるような見えてくるような印象を持つ。正直今回は首都だけ回って、有名な風景が見れれば満足と思っていてハンガリーだとドナウ川と鎖橋で、そんな表面的とは別に、ハンガリーにも昔から今へと続く時の流れがあって、なんて言ったらいいのか、たぶんつまるところは今の旅は急ぎすぎなんだと、そんなことを思った。

鎖橋王宮の丘には地下迷宮があるのでそこを見ようと入口を探す始めたが見つからない、見つからない。その一角をぐるぐる回ってしまって地上から既に迷宮してしまったみたい。なんのこっちゃない、何度も入り口に気づかず通り過ぎていたのだ。だってレストランの入口っぽいじゃん。その地下洞窟は迷路のようになっていて全く明かりの無い闇の部屋もある。そこは日没の暗さとは比較にならない闇がただただある。一度壁から手を離してしまうと距離の感覚が失われ、前に進むとブラックホールに吸い込まれるようで、さっきの美術館で感じた時の流れと同じで、次の瞬間には別の時代にワープしているのじゃないかと思えてくるくらいになる。

再びモスクワ広場王宮から川へ下り、近郊線の始発駅Batthyányを覗いたりしてまたモスクワ広場に戻ってきた。近くの小さなデパートまたは大きなスーパーに入ったりしてから、路面電車の4番に乗ってペスト側に戻ってきて、まだ諦めていないbataで靴を買うべくウィンドウショッピングしながら途中たまたまあった靴屋に入ってみるも買いたくなるような靴とは出会えず、地下鉄1号線の駅に行ったりして、また当てもなく4番の路面電車に乗って夕暮れのブタペストの町をゆられていると見知らぬ川に出る。4番がどこ行きかあまり気にしてなかったせいで、なんかとんでもなく遠いところに来てしまった感じがして慌てて降りる。反対の路面電車の乗り場を探していたら2番の路面電車が走っているのが目に入る。2番はドナウ川沿いを走っているやつだ。ここまで乗ってきた4番は環状線になっていて、グルっと回って再びドナウ川沿いに出てきたみたいだ。自分のいる位置が飲み込めてちょっと安心。2番に乗って夕闇のドナウ川を左手に鎖橋まで戻る。まだまだブダペストを把握しきれていないのに旅の最後の瞬間が近づいてきてしまった。当てもなくふらふらしたせいでレストランに入るのも面倒になって、ケバブでも買ってホテルで夕食にしようとお店を探し始めてはみたものの、なかなか見つからずまたオペラ座の方まで来てしまい、余分に歩きまわってようやくケバブを手に入れホテルに戻る。

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ホテル周辺ほんとの最終日。朝食後飛行機の時間まで少しあったので、ホテル周辺をゆっくり散歩する。ホテルのそばにも黄色い路面電車が走っていて、住宅街には小さな教会があって、そんな可愛らしい街並みを見ていると帰国を止めてここに住み着きたくなる。

出発の時間がくる。乗合タクシーに迎えに来てもらい空港へ。

さて問題のプラハとブダペストどちらが良いかについて。韓国人の旅人はブダペストと言っていた、自分はプラハのほうが落ち着いたかなと。まあプラハにしてもドレスデン、クラクフ、ブラチスラヴァ、ブダペストも川が流れていて町を歩いていて気持ちが良かった。プラハとブダペストは路面電車、川、王宮と似ていて後からあれはどっちの出来事だったけなんて思い返すと、混乱してしまう。それではこの続きは会社を辞めた後の2月の旅でふただびお会いしましょう。